すぎやまこういちの大学や高校は?天才と言われる所以を経歴から調査!

トレンド
スポンサーリンク

ドラクエの作曲家として有名なすぎやまこういちさんにフォーカスされたドラマが24時間テレビ2022で安田顕さん主演で放送となります。

すぎやまこういちさんは作曲家なので、音大出身かと思ってしまいますが、実は違うんです!

すぎやまこういちさんの出身大学や高校はどこなのでしょうか。

 

また、すぎやまこういちさんといえば「天才」と称される誰もが認める作曲家です。

すぎやまこういちさんが天才と言われる所以は何なのでしょうか。

すぎやまこういちさんの経歴から調査してみました!

 

この記事では以下のことについてまとめています。

・すぎやまこういちの大学や高校は?
・すぎやまこういちが天才と言われる所以を経歴から調査!
スポンサーリンク

すぎやまこういちの大学や高校などの学歴は?

すぎやまこういちさんの出身大学や高校などの学歴は以下の通りです。

高校
私立成蹊高等学校(東京都武蔵野市)

大学
東京大学理科Ⅱ類

3年次に教育学部教育心理学科へ転科

高校・大学時代をそれぞれもう少し詳しく見てみます。

すぎやまこういち高校時代

すぎやまこういちさんの高校時代は、東京都武蔵野市にある私立成蹊高校です。

小学生時代から少しずつ作曲を始め、中学時代はクラシック音楽を独学で勉強していたすぎやまこういちさんでしたが、高校生になってからはまさに音楽漬けの日々となり、自身で音楽部を創ってしまうほどでした。

 

学内オーケストラでは指揮や編曲を務めています。

また、すぎやまこういちさんは高校時代、ジャズバンドもしており、そこではベーシストを担当しています。

 

高校卒業間際には、バレエ団にオペラ用の曲「子供のためのバレエ『迷子の青虫さん』」を作曲しています。

独学できた学生が、高校生ですでにオペラ曲を作曲してしまうとは驚きですよね。

すぎやまこういち大学時代

すぎやまこういちさんの出身大学は東京大学です。

音大を志望していたものの

・ピアノが弾けなかった
・音大に行くお金がなかった

という事情があり、東京大学に進学しています。

もちろん音大に進みたくてあらゆる音大から願書を取り寄せたのですが、どの学校にも試験科目に「ピアノの実技」があるのです。当時、家にはピアノがなかったので音楽大学受験のための練習ができませんでした。そこで音楽大学はあきらめて「仕方なく」東京大学に入学しました。

引用元:Yahoo!ニュース

 

音大に行けないというところから東京大学に入れてしまう学力がすごいですよね。

すぎやまこういちさんは、音楽でも秀でた方ですが、元々すごく頭がいいんですね。

 

東京大学入学時は理科Ⅱ類で入学していますが、音楽活動と遊びに専念し、時間がなくなるのが嫌だと3年次に教育学部教育心理学科に転科しています。

時間がなくなるのが嫌だと転科しましたが、転科先であまりにも授業に出なかったため、1年留年しての大学卒業となっています。

どれほど音楽と遊びに熱中していたのでしょうか笑

 

すぎやまこういちさんは、音大には入れなかったものの、東京大学時代にも音楽漬けの日々を送っていたんですね。

 

すぎやまこういちが天才と言われる所以を経歴から調査!

すぎやまこういちさんの天才ぶりがわかる経歴は以下の通りです。

1931年4月11日 東京府生まれ

小学生の頃から作曲を始める
中学〜大学時代は独学で音楽を勉強
高校時代にはオペラ曲を作曲

大学卒業後、工場の品質管理のアルバイト
文化放送入社 報道部→芸能部

1958年 フジテレビに移籍
・「おとなの漫画」担当
・「ザ・ヒットパレード」担当
 →すぎやまがテーマソング作曲
・「新春かくし芸大会」主導制作

1960年代 ディレクター業と並行してCM作曲家・ミュージシャンへの楽曲提供などの活動

1965年4月 フジテレビ退社
退社後もフリーディレクターとして、フジテレビの番組などに関わる

1968年 作曲活動に専念
・ザ・タイガースやザ・ピーナッツの曲を作曲
・劇場版「科学忍者隊ガッチャマン」BGMの作曲編集指揮担当

1980年代半ば ゲーム音楽を手がけるように
1986年 「ドラゴンクエスト」作曲

1987年〜 毎年オーケストラを率いてのコンサート(指揮を務めることも)
・ファミリークラシックコンサート
・「ドラゴンクエスト」コンサート
など

2018年 秋の叙勲で旭日小綬章受章
2019年 ギネス世界記録認定
2020年 文化功労者に選出
2021年 東京オリンピック開会式入場行進曲としてドラゴンクエスト「序曲:ロトのテーマ」が使用される

2021年10月7日 逝去

大学卒業後は、一時アルバイトをしていましたが、高校時代に作曲したオペラ曲「子供のためのバレエ『迷子の青虫さん』」が再演されたことにより、注目されヘッドハンティング、文化放送に勤めます。

入社して1年で報道部から芸能部に移り、そこで「日立コンサート」を担当しています。

 

その後、フジテレビに移籍してからはディレクターとして音楽関係の番組を担当していました。

すぎやまこういちさんは、ずっと作曲家としてきていた訳ではなく、一企業に勤めて音楽に関わっている時代があったんですね!

 

1968年に作曲に専念するようになってからは

アーティストなどの作曲

アニメ音楽

ゲーム音楽

と作曲するジャンルが変移していきました。

すぎやまこういちさんが一躍有名になったのは、やはり皆さんご存知の通り、ドラゴンクエストの曲を担当したことがきっかけです。

そこからただゲーム音楽というだけでなく、交響曲にまで発展させ、作曲・自ら指揮をしてコンサートを行うなど積極的に活動します。

もう何度でも聴いてしまいますよね。

 

 

独学で勉強していた少年が、日本だけでなく世界中の人が知っている作曲家になるというのは、天才以外の何者でもありませんよね!

2019年には、世界最高齢でゲーム音楽を作曲した人物としてギネス世界記録に認定されています。

 

まとめ

「すぎやまこういちの大学や高校は?天才と言われる所以を経歴から調査!」についてまとめました。

すぎやまこういちさんの出身大学や高校は

・高校
私立成蹊高等学校(東京都武蔵野市)
・大学
東京大学理科Ⅱ類→3年次に教育学部教育心理学科へ転科

でした。

びっくりなことに音大ではなく、東京大学、しかも超難関の理科Ⅱ類です。

そして、大学卒業後は一般企業に勤め、音楽と関わり、1968年にようやく作曲に専念するようになりました。

 

独学で音楽を学び、世界中の人が知っている作曲家にまで登りつめたすぎやまこういちさんはやはり経歴を見ても天才だったと言わざるをえません。

最後までお読みいただきありがとうございました!

スポンサーリンク
スポンサーリンク
トレンド
ritam55をフォローする
りーたむブログ

コメント

タイトルとURLをコピーしました